M&Aにおける譲渡対価の金額の目安は「時価純資産額+のれん代」になります。時価純資産額(資産負債を時価評価した差額)ものれん代(修正後損益の数年分)も、(適用される税制が異なる部分が多少あるものの)医療法人に持分があるかないかで金額が変わるわけではないため、バリュエーションは影響を受けないのが基本です。
ただし、これはあくまで目安であり、最終的な譲渡対価は売り手と買い手の双方の合意で決まります。買い手が持分ありに何らかの価値を見出してプレミアをつけることも考えうることではありますが、実際はそのようなケースはあまりないと思われます。
医療法人のM&Aの場面における、出資持分があることの実務的なメリットは「譲渡スキームを複数選択できる」ことです。出資持分があれば出資持分を譲渡することにより対価のやり取りをする方法や役員退職金を支払うことによる方法を選択することが出来ますが、出資持分がない医療法人の場合は出資持分譲渡の方法は選択することが出来ないため、役員退職金による清算の方法のみで実質的に譲渡対価のやり取りをすることになります。売り手としては場合によっては出資持分譲渡の方が税務的に有利なこともあり得ますし、合意した譲渡対価が適正な役員退職金の範囲内に収まるかどうかという問題もあります。
医療法人のM&Aでは「持分ありの方が買い手が付きやすい、高値で譲渡されやすい」といわれることがありますが、(私見で恐縮ですが)その根拠まで実質的に深堀されていないと思っています。
買い手がつきやすいと言われる根拠は持分あり医療法人は「現在はもう設立することができない」ことと「持分払戻請求権という財産権がある」ことにあると考えられます。これらについて、現在はもう設立できなくてもそれほど必要ではないのであれば実質的な根拠がないところにプレミア感だけ先行していることになります。私の経験上、財産権である払戻請求権は実際はほとんど使われないことが多いと思われます。なぜなら、これを行使すると場合によっては出資者に莫大な所得税(みなし配当、総合課税、ただし配当控除あり)が発生し、法人の資金繰りも悪化するからです。それならば同じ勇退時に役員退職金で支給を受ける方が金額をコントロールしやすく、税負担も軽減されますので、役員退職金の支給を受ける方が多いと考えられます。
大規模M&Aにおける買い手である株式会社やファンド、大手医療法人グループも譲り受ける法人が持分ありであることによるメリットはあまりありません。まず第1に、実質的な支配権や経営権は出資に紐づいておらず、社員や役員に紐づいていることが理由として挙げられます。また2つ目の理由として、株式会社が買い手となる場合は、出資をしても社員になることが出来ない(平成 3 年 1 月 17 日指第 1 号東京弁護士会会長あて厚生省健康政策局指導課長回答)ため払戻請求をすることが出来ず、医療法人が買い手となり他の医療法人の社員になった場合はその法人の出資を所有することはできない(医療法人運営管理指導要綱)ため法人ではなく個人が出資の買い手となることが多く、出来るだけ出資持分の譲渡対価(個人の持ち出し)を抑えるために対価のほとんどの部分を役員退職金で清算して出資持分部分は1円でやり取りすることも多いためです。
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